「あのころはフリードリヒがいた」読了
友人の紹介で、「あのころはフリードリヒがいた」を読みましたので、レビューをば。
ドイツ人の「僕」と、ユダヤ人の「フリードリヒ」。
舞台はドイツ。ナチス政権下での変遷と、その中で青春を送る二人の物語です。
以下、ネタバレOKな人のみどうぞ。
二人は一週間違いの誕生日で、両親たちも仲良くて、反ナチスの政策さえなければ充実した人生を家族ぐるみで送れていたんだろうなぁと思わずにはいられません。それくらい、読んでいて仲のよい二人、家族たちでした。
始まりは、庭のポリカルプの置物から。
まったくドイツの方面の知識がなく、「ポリカルプってなんだ?」と思って調べたら、どうやらキリスト教の聖人であるらしい。(ポリュカルポス、が正確な言い方っぽい)
「ピリピ協会への手紙」というのが有名で、当時迫害されていたクリスチャンへの激励をしたためたものだと書いてある。
もうこの時点で嫌な予感しかしなかったです。
時代の変遷に合わせて成長していく二人は、その時々でいいことも悪いことも経験していくことに。
学校も分けられ、しかも子供同士でも差別しろと教育され、でもそんなことに屈せず育っていくフリードリヒが、とても眩しく描かれています。もちろん、「僕」も。
ところが、事態は好転するどころか暗転していくばかり。
フリードリヒの父親は「20世紀にもなって命をとられるような蛮行なんて起きないでしょう」と「僕」の父親の懸念を一蹴したりしますが、連行され戻ってきませんでした。
フリードリヒの母親も病死(もはや衰弱死といっても過言ではない)してしまい、天涯孤独に。
周りの目を気にしながらも「僕」一家は彼を支えますが、どうあってもユダヤ人が憎いらしいドイツ人たちによって追い立てられていき、、、
「僕」は「僕」で、洗脳教育のたまものか、破壊を楽しむ兆候が見え始め、、、
純粋無垢だったフリードリヒは猜疑心の塊になって、読むのがとても辛かった。
彼の恋の一面がうかがえるシーンも、後の悲劇を考えると素直に「よかった」とは思えず。それは彼も感じていたようですが。
ついにフリードリヒは、誰からも助けてもらえなくなり、空襲を受けたときもユダヤ人だからという理由だけで避難所にも入れてもらえず。
結局、外でうずくまったまま生涯を終えることになってしまいました。
お話としてはこんな感じ。
人の心の移り変わりや、日常に潜む狂気などが、随所に見られる出来事を通じて胸に迫ってくる作品です。
「僕」のお母さんの言動などは、もう涙なしには読めませんでした。
とても平易に書かれた文章ですので、比較的小さなお子さんでも読めると思います。
実際、作中の「ベンチ」という章は教科書で使われているところもあるそうですし。
あ、あと、巻末に年表がついていて、戦争時の変遷がよくわかるようになっていたのがとてもありがたかった。
本当、世界大戦に関する知識がないので。。。
久しく戦争ものは読んでいませんでしたが、名作に出会えたことに感謝。
また時間があったら読み返したいと思います。